少年刑務所に居た頃なんだけどね。
7月くらいだったかな、暑い日でさ。
昼飯は工場内にある食堂で、みんな一緒に同じモン食べるんだけど。
その日は、コンビニで売ってるような冷やし中華が出てたわけ。
もちろん冷えてないけどさ。
刑務所の食堂には、大抵テレビがあるんだよね。
オレが居た工場ではさ、
いただきます~ってなったら、オヤジがリモコンでテレビの電源入れて見せてくれるわけ。
番組はいつも、笑っていいとも。
その日は食べている最中に、1人ワンワン泣きだしたやつがいたんだよ。
中華の麺を口のはしにつけて、鼻水だしてハシ握ったまま声上げて泣きだしちゃってさ。
泣いていいかな?くらい、言えと。
いいとも!
周りはみんな、ウキウキウォッチングですよ。
懲役って残酷だよな。
特に少刑は若い子が多いし、イジメが酷いトコもあるからね。
シャバだったら、だいじょうぶかい?なにがあったんだい?なんつって
お優しい善良な人たちがさ、オロナミンCの1本でもくれるんだろうね。
ハツラツだよな。
懲役はさ、見て見ぬふりですよ。
こりゃあ舎房でなんかあったな、と。自分じゃなくてよかったな、ってさ。
それにね、食事中に他の懲役と会話したら不正交談っつって、オヤジがうるさいからさ。
みんなモクモクと冷やし中華食べてんの。
泣き声と、タモさんの笑い声の中でさ、異様だよなあ。
オヤジもオヤジでさ、泣いてるそいつを食堂から工場に連れ出して、作業台の前で座らせてんのよ。
そのままずっと泣いてるんだよね、その懲役も。
こっちは早く飯を食べ終わって貴重な休憩時間を満喫したいからさ、みんなセミが鳴いてるくらいの意識なわけ。
工場の食堂でさ、メシ食べた後の休憩は刑務所の中で運動の次に大切な情報交換の場なんだよね。
大事なハッテン場なわけよ。
なんの生産性もない会話が繰り広げられるだけ、なんだけども。
そしたらオレがオヤジに呼ばれちゃってさ。
おい、お前あいつの面倒見てやれと、衛生係だろって言われてさ。
イヤとも言えないしさ、ふぁあい!つって声だけやる気の返事して、そいつのとこ行ったのよ。
あーあ、と。
おれの貴重な休憩時間なくなったやんけ、と。
お前、とりあえずメシを喰えと、言ってやったわけ。
そしたらあれよ、目が見えましぇん!っつって、オイオイ泣くんだよ。
目が見えなくて冷やし中華が食べれましぇん!っつって、泣いてるんだよなあ本気で。
懲役の衛生係の衛生力なんて、小学生の「いきもの係」がブラックジャックに見えるくらいのポテンシャルしかないかんね。
自分のお先ですら真っ暗なのに、目の見えない懲役をどないせーっちゅうねん!
お前今朝、普通に行進して舎房から工場来てるやんけ!
と思ったけどさ。
おれたちゃ同じ懲役やん。
同じ時期に同じ刑務所で同じ境遇の中で生活してる仲間やん、と。
ムスカ大佐、おれが冷やし中華を食べさせてやろう、フーフーしてあげる…なんて言ってさ。
ぜんぜんウケへんかったな。1ミリも。
指は何本見える?なんつって中指立ててみたけど、まったくツッコミくれないしさ。
本気で見えへんの?って聞いてもさ、誰がモンキーやねん!とも言わず、うなずくだけ。
聞いたら、シンナーだって。
シャバでシンナーやりまくってたら、突然目が見えなくなるようになったんですぅ~っつってさ。
そんなん、あんの?って思ったけども。
だからって泣くことはないだろうに。
と思うけどさ、刑務所のストレスとかシャバへの想いとか、色々相まって泣いちゃったんだろうってね。
涙をふけよと、一緒にがんばろうや、と。
その体質でよく刑務所に入るような悪事できたな、やればできるやん!
なんて励まそうかと考えたが我慢したわな、人情やで。
時間が経過すればまた見えるようになるんだってさ。
ほんまかウソか知らんが、あれだけ泣くくらいだからなあ、おれは信じちゃったよ。
おまえ、シンナーなんてもうやめろよ?なっ?シャバでまたやるなよ?
などと注意する男も、覚せい剤でパクられた懲役なのであった。
微笑ましい刑務所内の一コマである。
突然発症するんだってさ。んで、突然治る。
ギランバレー症候群かよ、ゴル…いや、デューク東郷かい!
なんてツッコミも我慢だわな。
可哀想になあ、あいつあの後すぐに居なくなったよ。
依頼人とは2度と会わないってか。
んでさ。
その時、メシを食べさせてあげてたらさ、オヤジが遠目でずっとこっち睨んでるんだよね。
おれがそいつの冷やし中華を食べないか、監視してやがんのよ!
まあ、それがあの人のお仕事なんだけども。
目が見えない懲役の、食べかけのぬるい冷やし中華、誰が盗み食いすんねん?
おれか。
だって懲役だもんね。
うん、自己解決。